先に言っておくと、僕はAmazonの配達員になるために会社を辞めたわけではない。
広告代理店に勤めていた最後の年収が800万円。50歳で早期退職し、1年ほど自由に過ごしたあと、運動不足の解消もかねて始めたのがAmazon Flex(アマゾンフレックス)だった。
初日は8時間ブロックで87個の荷物を割り当てられ、記念すべき最初の1個を配り終えた時点ですでに1時間が経過。買った軽バンは1カ月ももたずに廃車になった。その後も、車やスマホのトラブル、交通違反、怪我、税金の洗礼まで、ひと通り経験してきた。
それでも2年目には、軽貨物全体の年収でサラリーマン時代と同じ800万円に到達した。ただ、そこまでやったからこそ、「この仕事だけでは、これ以上大きく伸ばすのは難しい」という天井も見えた。だから今は、すべての時間を軽貨物業にフルコミットする働き方はしていない。
それでも、Amazonの配達員をやめる気はまったくない。
良いところも悪いところも5年以上見てきた。現役6年目になった今、なぜこの仕事を辞められないのか。この記事では、その理由を書いてみたい。
これからAmazon Flexを始めようか迷っている人には、メリットしか書かれていない紹介記事より、少しは役に立つはず。
年収800万円の広告マンだった僕が、Amazon Flexを始めた意外な背景

タイトルだけを見ると、「年収800万円の会社を辞めて、Amazonの配達員になった人」に見えるかもしれない。
実際には、会社を辞めてからAmazon Flexを始めるまで、1年ほど間が空いている。まずは会社を辞めた理由と、そこからAmazon Flexにたどり着くまでの話をしておきたい。
年収800万円でも感じていた、サラリーマンの「夢のなさ」
大学を卒業してから約28年間、仕事は一貫して広告業界だった。30歳の時に同業他社へ一度だけ転職したものの、浮気をすることなく広告マンとして働き続けた。
仕事は、若い頃より年齢を重ねてからの方が面白かった。待遇にも大きな不満はなく、最後の年収は800万円。結婚して子どももいて、会社を辞めなければならない差し迫った理由など何もなかった。
それでも40代に入った頃から、ずっと引っかかっていたことがある。
この会社にいる限り、自分の収入の上限は給与テーブルで決まってしまう。
社内の給与水準を見れば、仮に役員クラスまで上がっても年収1500万円ほど。60歳を過ぎて再雇用になれば360万円程度まで下がる。当時の僕には、その給与テーブルが「これから先、自分が稼げる金額の予定表」のように見えていた。
もちろん、800万円が少ないという話ではない。日本の給与所得者の平均年収と比べれば、十分に恵まれた水準だったと思う。僕が夢を感じられなかったのは金額そのものではなく、自分の稼ぎの天井まで、自分以外の誰かに決められてしまうことだった。
同じ頃、「サラリーマンでいること自体が、本当に安定なのか」とも考えるようになっていた。上場企業でさえ潰れるときは潰れるし、業績が悪くなればリストラや事業縮小もある。収入源を一つの会社に100%依存し、いざという時に自分で稼ぐ手段を持っていなかったとしたら、それもまた大きなリスクではないか。
独立した方が安全だと思っていたわけではない。ただ、「会社に勤めている=安定」という単純な話でもない。その違和感は、年齢を重ねるほど大きくなっていった。
50歳で早期退職。ただし「ノーガード」
人生の節目となる50歳で、思い切って早期退職制度を利用し、会社を辞めた。
こう書くと、独立に向けて準備を重ね、満を持して会社を飛び出したように聞こえるかもしれない。実際は、かなりの「ノーガード」だった。
すぐに生活費を稼げる仕事を用意していたわけでもない。1年くらいは失業給付を受けながら、これから何をするかゆっくり考えるつもりだった。感覚としては、セミリタイアに近かったと思う。
その1年で、趣味で続けていたYouTubeチャンネルが収益化し、身についたスキルで動画編集の仕事も始めた。もともとPCとスマホだけで仕事が完結する生活に憧れがあり、月50万円ほどの収入も、現実的に見え始めていた頃だった。
ところが、そこで思わぬ問題が出てきた。外出する機会が少なくなり、めっきり歩かなくなったのだ。
サラリーマン時代は営業職だったこともあり、通勤や外回りだけでもそれなりに歩いていた。それが日常的な運動になっていたことに、会社を辞めて初めて気づいた。40を過ぎた頃からメタボ体質ではあったが、自宅でPCに向かう生活になって一気に悪化していった。
運動不足の解消に見つけた「軽バンで配る仕事」
外に出て身体を動かせて、それなりに単価の高い仕事はないか。そう考えて探し始め、たどり着いたのがAmazon Flexだった。
好きな時間帯のオファーを選べる。働くエリアも選べる。服装も自由で、スマホと黒ナンバーの軽バンがあれば始められる。「16日で38万円可」といった募集広告を見た記憶もある。
当時、Amazonのスマイルロゴが背中にプリントされた青色のベストを着て、街中で配達しているドライバーを見かけることがあった。何気に「かっこいいな」と思っていたのも事実。
ヤマト運輸や佐川急便に入って「雇われ配達員」とは違う。ギグワークならではの身軽さを感じた。
僕はもともと車の運転が好き。大学1年で免許を取ってすぐ軽バンを使った宅配のアルバイトをしていたくらいで、車を使う仕事そのものに抵抗はなかった。ただし、配達そのものが好きだったわけではない。あくまで好きなのは運転で、50歳になって再び配達の仕事をするとは思ってもいなかった。
やると決めてからは早かった。ネットで見つけた手頃な中古の軽バンを、電車で片道2時間ほどかけて見に行き、その場で購入。貨物軽自動車運送事業の届出はもちろん、黒ナンバーの取得も自分で済ませ、10日ほどでAmazon Flexで稼働できる状態まで準備を整えた。

Amazon Flexでデビューした日から、失敗の連続だった

こうして軽バン1台で宅配ドライバー生活が始まったわけだが、立ち上がりは散々だった。まずは、初日の話から。
稼働初日:87個中、最初の1時間で配れたのは1個
Amazon Flexデビューは、2021年2月8日。尼崎ステーション。
初日は8時間ブロックで、割り当てられた荷物は87個。緑色のベストを着たプロのドライバーから15分ほどレクチャーを受け、そのまま送り出された。
忘れもしない、記念すべき最初の配達先は、ステーションから40分ほど離れた一軒家だった。アプリには「株式会社○○製作所」のような社名が表示されていたので工場を想像していたが、着いてみると木々に囲まれた古い民家。古びた木製看板にも気づけず、なかなか配達先を見つけられなかった。
周辺をうろうろ迷い、Amazon Flexのアプリを使うのも初めてで、焦りに焦った。ようやく最初の1個を配り終えて時計を見ると、すでに1時間が経過していた。
1時間で1個、残り86個。さすがに血の気が引いた。
その後は息つく暇もなく、目が回るほど必死で走り回って配ったものの、結局30個ほどが未配となり、そのままステーションへ持ち戻ることになった。
極寒期だというのに、荷物の返却場で自分だけが汗だくで、めちゃくちゃ恥ずかしかったのを今でもよく覚えている。
稼働2日目:完配。「やれる」という自信に繋がった
翌日は、大阪ステーション。
2日目は初日より荷物が少なく、8時間で57個。時間内にすべて配りきれた。ステーションへ戻る必要もなく、そのまま直帰。前日の30個近い持ち戻りから一転して、完配できた。
初日が散々だっただけに、「全部配れた」という事実は大きな自信になった。前日は30個近くが未配になったのに、翌日は完配。「これならやっていけるかもしれない」と思えたのは、この日が最初だった。
購入した軽バンは、1カ月もたずに廃車
2日目の完配で少し自信を持ったのも束の間、今度は仕事道具そのものが使えなくなった。
最初にお試し購入した軽バンは、走行距離20万km・20年落ち・保証なし。税込20万円の格安中古車だった。
Amazon Flexを始めて1カ月も経たないうちに、急坂の多い住宅地でオーバーヒート。いったん修理して数日後には復帰したものの、今度は走行中に前が見えなくなるほどの白煙を吹いた。
エンジンを降ろすレベルの高額な修理が必要とのこと。年式と走行距離を考えれば、そこまでお金をかけて直す価値はなかった。Amazon Flexを始めて1カ月足らずで、最初の軽バンは廃車になった。
安さだけで中古車を選ぶ怖さを知った。
もちろん、失敗は車選びだけではない。駐車違反、スマホの画面割れ、大怪我をしても「アカウントに影響するのでは」と勝手に不安になり、無理をして配達を続けたこともある。
怪我をしたら、まずサポートに連絡すればいい。当時はそんな基本的なことすら、よく分かっていなかった。
初心者がやりがちな失敗は、ひと通りやってきた。それでも、「Amazon Flexを辞める」という選択肢は全く浮かばなかった。

軽貨物業(Amazon Flex + α)だけで、サラリーマン時代の年収800万円を再現した

1年目は失敗の連続だったが、それでも収入は積み上がっていった。
1年目の年収630万円は「中途半端」だった
1年目はAmazon Flexを中心に、隙間時間にデリプロ(デリバリープロバイダの略で、Amazonから配送を委託されている地域の配送会社のこと)もやった。他にも、フードデリバリーや企業配のスポット案件も組み合わせて、軽貨物全体で年収が約630万円になった。2月開始なので、丸1年ではない。
悪くない数字に見えるかもしれない。でも、当時の正直な感想は「中途半端」だった。
そこで2年目の年始、はっきり目標を決めた。
サラリーマン時代最後の年収と同じ800万円を、自分の稼ぎで再現する。
サラリーマン時代にもらっていた年収と同じ800万円を、独立後も自分で稼げるかどうか試してみたかった。それができて初めて、「会社を辞めても稼げる」と言えると思った。
年中無休ながら、800万円に到達した
2年目は、元日のAmazon Flexから始まった。そこから丸1年、年中無休で稼働した。
年中無休といっても、365日すべて朝から晩まで配達していたわけではない。数時間だけの日もあれば、物量が少なく予定より早く終わる日もある。ただ、丸1日まったく仕事をしなかった日は、一日もなかった。
Amazon Flexを軸に、空いた時間はUber Eatsや出前館、PickGoの企業配送で埋めた。朝5時に起きる日もあれば、帰宅が24時になる日もあった。1日150km以上走った日も何日もある。
そして2年目、軽貨物全体(Amazon Flex + α)の年収が800万円に届いた。
今振り返れば、相当な働き方だったと思う。ただ、当時の自分に「地獄」のような感覚はなかった。むしろ夢中だった。800万円という目標に向かって数字が積み上がっていくこと自体が面白かったし、もっと言えば、それも一つのゲームになっていたのだと思う。
「よくあんな生活をしていたな」と感じるのは、今の生活と比べるからだ。
稼げることと、これ以上稼げないことを、同時に知った
800万円まで年収を伸ばして、わかったことが2つあった。
軽貨物ドライバーは稼げるということ。そして、これ以上は稼げないということ。
もっと効率よくオファーを取り、隙間をすべて埋めれば、多少の上積みはできたかもしれない。それでも、850万円あたりが現実的な限界だろう、という感覚があった。
しかも、同じ800万円でも中身はまったく違う。
サラリーマン時代は土日祝日が休みで、有給休暇も福利厚生もあった。軽貨物ドライバーとしての800万円は、年中無休で稼働して、車も燃料も保険も全部自前。身体と車を同時にすり減らしながら作った数字。
配達は、オファーを受託して稼働した分しか収入にならない。昨日100個配った実績が、今日の収入を生んでくれるわけではない。自分が止まれば収入も止まり、車が止まっても同じことになる。
収入をさらに伸ばそうとすれば、稼働時間をさらに増やすしかない。時間には限りがある。つまりは、これ以上は稼げないということである。
軽貨物ドライバーは稼げる。しかし、「もっと稼ぐための最終地点」にはできない。
800万円という数字が、それを教えてくれた。

軽貨物業のフルコミットは終了。それでもAmazon Flexを辞められない5つの理由

軽貨物ドライバーとしての「天井」が見えたことで、僕は働き方を変えた。ただ、Amazon Flexを手放すことはなかった。
3年目から、軽貨物業のフルコミットは辞めた
3年目から、意図的に軽貨物の比重を落とした。
一番の理由は天井である。僕は「年間800万円稼げれば十分」と思って会社を辞めたわけではない。上限の見えた仕事にフルコミットする理由がなくなった。
それに、配達の仕事には罠がある。
配達は、やればその日のうちに収入が確定する。ブログ運営やYouTube配信のような「今日やったことがいつ収益になるか分からない仕事」と違って、確実で早い。だから、つい配達してしまう。
1、2年目の僕は、まさにそれだった。本来やるべきだったのは、時間を切り売りする仕事ではなく、積み上げた資産が収益を生む仕事。それを後回しにして、目先のオファーだけを見て配達する。悪い意味で思考停止していた時期だった。
理由①:(確実性)配達すれば収入になる
一つ目の理由は、Amazon Flexの確実性だ。
前述したように、配達はやれば収入になる。その確実さゆえに、ほかの仕事を後回しにして、つい配達ばかりしてしまうという罠もある。
ただ、見方を変えれば、その確実さこそがAmazon Flexの大きな魅力でもある。
オファーを取って仕事を終えれば、確実に収入になる。しかも報酬は週払い。営業も、請求書も、入金待ちの不安もない。
この確実性に依存して、思考停止で他の仕事を育てないままフルコミットを続けると危ない。それは2年目までの僕が証明している。でも、本来やるべき仕事がまだ収益に至っていないときでも、Amazon Flexなら確実な収入を得られる。この使い勝手の良さは、今も大きな魅力だ。
「配達すれば収入になるから、抜け出せなくなる」と「配達すれば収入になるから、手放す必要もない」。
矛盾しているようだが、僕の中ではどちらも本当のことだ。
理由②:(不確実性)楽な日がいつ来るかわからない
二つ目の理由は、Amazon Flexの不確実性だ。
Amazon Flexは、同じ時間のブロックでも、その日の荷物量や配達エリアによって仕事の重さがまるで違う。時間ギリギリまで走り回る日もあれば、驚くほど早く終わってそのまま直帰できる日もある。
報酬はブロック単位で決まっているが、どんな一日になるかは始まってみるまでわからない。
この5年あまりで多くのドライバーと知り合ったが、いつの間にか見かけなくなった人も多い。一方で、長く続けている人たちを見ていると、この仕事特有の「当たりの日」をどこか楽しみにしている人もいるように思う。
「楽な仕事だからやめられないのではない。楽な日がいつ来るかわからないから、やめられない。」
今日がしんどくても、明日は楽かもしれない。実際、何年やっていてもその日の配達がどうなるかは読めない。この振れ幅が、Amazon Flexを単調な仕事にしない理由のひとつなのだと思う。僕自身、いつの間にか、この不確実性にハマっている。
理由③:(ゲーム性)PINを消していくのが面白い
三つ目は、このブログを「PIN消しゲーマー」と名付けた理由そのもの。
Amazon Flexの配達アプリには、地図の上に配送先のPINがずらりと表示される。
どの順番で回るか。時間指定をどう組み込むか。厄介なタワマンをいつ攻略するか。渋滞や駐車場所まで考えながら、PINをひとつずつ消していく。
最後のPINを消せば、配達は終わり。
僕にとってAmazon Flexは、地図を盤面にした攻略ゲームのようなもの。毎日荷物も違えば、配達ルートも違う。同じステーションから出発しても、同じ盤面になることはない。
「PIN消しゲーマー」という名前は、ブログを作るために後から考えたキャッチコピーではない。配達中、実際にそんな感覚でPINを消し続けてきた。
単純に、これが面白い。
理由④:(柔軟性)自分の生活に合わせて働ける
四つ目の理由は、Amazon Flexの柔軟性だ。
Amazon Flexを始めた頃は、自宅から片道40分〜1時間ほどかけて尼崎や大阪のステーションへ通っていた。朝のブロックが終われば別の配達へ向かい、帰宅が深夜になることも珍しくなかった。当時、配達以外に確保できる時間は、朝と夜のブロックの間にある2時間ほどしかなかった。
それが、自宅から10分ほどの豊中ステーションだけで稼働するようになって大きく変わった。移動に費やす時間がほとんどなくなり、Amazon Flexで月40〜50万円ほどの収入を得ながらでも、配達以外の時間を1日8時間ほど確保できるようになった。
1、2年目は、一日の大半を配達に費やしていた。今は、やりたい仕事に十分な時間を確保したうえで、その合間にAmazon Flexを組み込める。
Amazon Flexをやめたわけでも、収入を大きく落としたわけでもない。それでも、一日の時間配分は劇的に変わった。この柔軟性は、Amazon Flexを続ける大きな理由のひとつになっている。
理由⑤:(メタボ対策)嫌でも身体を動かす
五つ目は、Amazon Flexを始めたきっかけにもなった運動不足の解消だ。
配達を始めれば、嫌でも身体を動かす。車を降りて荷物を持ち、歩いて届け、また車に戻る。その繰り返し。階段しかないマンションなら、重い荷物を持って何階も上がることになる。
結果、Amazon Flexを始めた1年目には体重が10kgほど落ちた。
もちろん、Amazon Flexをダイエット目的で勧めるつもりはない。ただ、放っておけば一日中PCの前に座ってしまう僕にとって、仕事をしながら身体を動かせるのは都合がいい。
50代後半になった今では、これもAmazon Flexを辞められない理由のひとつになっている。

結局、Amazon Flexを辞める理由が見つからない
最後にこの記事で言いたかったことを整理する。
5年以上やってわかった、Amazon Flexとのちょうどいい距離感
- 僕はAmazon Flexを始めるために会社を辞めたわけではない
- 50歳で早期退職し、その後たまたまAmazon Flexと出会った
- 初日は散々で、買った軽バンも1カ月ももたずに廃車
- 2年目に、サラリーマン時代と同じ年収800万円を軽貨物全体(Amazon Flex + α)で再現
- 同時に、軽貨物の天井も見えた。だから軽貨物業へのフルコミットはやめた
Amazon Flexを辞められない5つの理由
- 理由①:配達すれば収入になる確実性がある
- 理由②:楽な日がいつ来るかわからない不確実性がある
- 理由③:PINを消していくゲーム性がある
- 理由④:自分の生活に合わせて働ける柔軟性がある
- 理由⑤:嫌でも身体を動かすのでメタボ対策になる
5年以上続けた今も、結局、Amazon Flexを辞める理由は見つからない。
Amazon Flexを続けることと、Amazon Flexに依存し続けることは、まったくの別物。僕はこの仕事が好きだが、収入源をこれ一本にするつもりはない。あくまで、自分が持つ仕事の選択肢のひとつにすぎない。
Amazon Flexの良さを最大限に活かしながら、同時にほかの収入源も作っておく。それくらいの距離感が、この仕事とのいちばんいい付き合い方だと思っている。


